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大阪地方裁判所 昭和35年(レ)2号 判決

富士銀行

事実

Y(被告、被控訴人)は、金額七万円、受取人欄および振出日欄白地の約束手形一通を振り出し、Iに手形割引先の斡旋方を依頼して同人に預けた。IはX(原告、控訴人)に右手形の割引方を依頼し、Xは昭和三三年六月九日頃Iの代理人Tから右白地手形を受け取つて割引金を支払い、その時に受取人欄にXの氏名を補充し即日Tに裏書譲渡した。その後Xは右手形の満期後である昭和三三年八月一八日に、第一のXの譲渡裏書に続いて第二、裏書人T、被裏書人S農業協同組合の取立委任裏書、続いて第三、裏書人S組合、被裏書人K信用農業協同組合連合会H出張所の取立委任裏書、続いて第四、裏書人右K連合会H出張所、被裏書人F銀行の取立委任裏書、続いて第五、裏書人前記T、被裏書人Xの譲渡裏書(戻裏書)のある本件手形の交付を受けて所持人となつた。右手形は支払期日にF銀行から呈示(振出日欄白地のまま)されたが支払を拒絶された。XはYを被告として大阪簡易裁判所に本件手形金と満期の翌日から年六分の金員の請求訴訟を提起した。Xは本訴係属中の昭和三三年一二月二日に振出日欄を昭和三三年六月四日と補充し、一二月二日の口頭弁論期日にその旨を陳述した。

Yは本件手形は裏書の連続を欠く、Xは、Yから本件手形を預つたにすぎない無権利者であり、かつ手形面にあらわれていない。Iから右事情を知悉しながら本件手形を取得したものである。割引金をTに交付したのは手形割引の商慣習に反するし、理解しがたい。Xは悪意で無権利者Iから本件手形を取得したものである。そうでなくともTから戻裏書を受けたときは悪意であつたから、Xは手形上の権利を取得しないと抗弁した。

原審大阪簡裁は、本件手形は振出日の補充がないからという理由で(原審係属中に補充されているのにこれを看過したのであろうか。不可解である)Xの請求を棄却した。

理由

被控訴人Yは本件約束手形は裏書の連続を欠くと主張し控訴人の形式的受領資格を否認するけれども、取立委任裏書は、通常の裏書と異なり、権利移転的効力のない裏書であるから、裏書の連続についてはこれを省いて考えればよく、そうすると本件約束手形の裏書は受取人である控訴人からTへ、Tから控訴人へと連続することは明らかである。被控訴人の右主張は理由がない。

次に被控訴人の、控訴人は実質的受領資格を欠くとの抗弁について判断する。

証拠を総合すれば、被控訴人は、手形割引先の斡旋方をIに依頼し、本件約束手形を同人に預けたにすぎない(だから受取人欄、振出日欄を白地としたのである)こと、したがつて同人は無権利者であつたのに、同人は自から控訴人に本件約束手形の割引方を依頼し、控訴人は昭和三三年六月九日頃Iの代理人であるTから本件約束手形を受取人白地のまま受け取つて同人に割引金を支払つたことは認められるけれども、控訴人がTから本件約束手形の交付を受けたときに、Iの無権利者であつたことを知つていたこと、もしくは知らなかつたことに重大な過失があると認めるに足る証拠はなにもない。

被控訴人は、控訴人がTを介し、Iから本件約束手形を受け取りながら被控訴人に割引金を手交しないのは手形割引の商慣習に反するもので、控訴人は悪意の取得者であるというけれども被控訴人としてはIに本件約束手形を預けただけであるとしても、控訴人としてはIから割引を依頼されたのであるから、同人の代理人であるTに割引金を交付したのは当然であり、これが商慣習に反するとか、控訴人が悪意の取得者であるということにならないのは明らかである。また被控訴人は本件約束手形にはIへの裏書はなく、控訴人が受取人であり第一裏書人であるから、控訴人が手形面に関係のないIの代理人Tに割引金を手交したことも理解し難いという。しかしながら、先に判示したように本件約束手形は受取人欄白地で振り出されたものであつて一般に受取人欄白地の約束手形の譲渡方式については、必ずしも裏書の方法による必要はなく、受取人欄白地のまま単に交付する方法によつて流通させることもできる(大審院大正一〇年一〇月一日判決、民録二七輯一六八六頁最高裁判所昭和三一年七月二〇日判決民集一〇巻八号一〇二五頁参照)。そして、この場合に手形の交付を受けた者は、裏書による場合の手形法第七七条第一項、第一六条第二項、第一七条の規定と同じ保護が与えられると解するのが相当である。なんとなれば、右のような譲渡方法が認められるかぎりにおいて、その取引の円滑安全を図るためには善意取得や抗弁切断を認める必要があり、かつ、その必要とする度合も裏書による譲渡の場合と少しも異なるところはないからである。本件においてIは手形面上には現れていないが、先に認定したように控訴人はIから受取人欄白地の本件約束手形の割引を依頼され悪意もしくは重大な過失なく同人を権利者と信じ同人の代理人Tから本件約束手形の交付を受け(受取人欄白地のまま)、ここに本件約束手形を善意取得した控訴人が、手形面には表われていないが、手形を交付したIの代理人Tに割引金を支払つたのは正に当然であるといわなければならない。

以上認定のように、控訴人はIの代理人Tから本件約束手形の交付を受けたときにおいて、控訴人は善意取得によつて本件約束手形上の権利を取得したものである以上、その後になつて、たとえIが無権利者であることを知つたとしても、このことによつて控訴人の善意取得はなんの影響も受けない。そうすると控訴人から本件約束手形の裏書譲渡をうけたTも当然に権利を取得していることになるから(同人が無権利者であるとの被控訴人の主張もない)、同人からさらに戻裏書を受けた控訴人は本件約束手形上の権利を取得したことになる。控訴人が戻裏書を受けたときに、Tの前々者であるIが無権利者であることを知つていたとしても、このことによつて控訴人が無権利者となるものではない。したがつて控訴人がTから戻裏書を受けたときには、Iが無権利者であることにつき悪意であつたとの被控訴人の主張はそれ自体理由がない。

そうすると、控訴人が被控訴人に対し約束手形金七万円の支払を求める部分は正当であつてこれを認容すべきである。しかしながら、本件約束手形の振出日欄を控訴人において補充したのは昭和三三年一二月二日であつてそれ以前は本件約束手形は未完成手形であつたことになるから、同日以前に被控訴人に対し支払の呈示をしても附遅滞の効力はなく、控訴人において右振出日を補充し、かつそのことを、初めて主張した原審口頭弁論期日である昭和三三年一二月二日の翌日から被控訴人は遅滞の責に任ずるものといわなければならない。したがつて控訴人の損害金請求については、被控訴人に対し遅延損害金として昭和年三年一二月三日から完済まで商法所定の年六分の金員の支払を求める部分に限り正当として認容すべきであり、その余の部分は失当として棄却すべきである。

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